「物事なんて、いつも結果でしかないさ」
彼は口癖のように、そう言っていた。
「でも始まりがなければ、結果はないでしょう?」
私は、いつものように言葉を返す。
「始まりは、それこそ魔法のようだよ。何をきっかけに起こるかわからない」
「人の生き様は、一瞬の煌めき……けれど、その中には多くの輝きがあるわ」
私は彼を真っ直ぐと見つめた。
彼は私の視線を受け、少しばつが悪そうに微笑んだ。
僅かに困っているのだろうと、その表情からわかる。
私と彼は、それこそ永い永い時間の付き合いだから。
「君は随分と人の肩を持つようだね?」
「あら。記録者としては、平等な心積もりよ」
私は彼の言葉に少しばかり笑んでみせて応え、周囲に視線を巡らせた。
幾千、幾万……幾億とも無数に思える、おびただしい革張りの本たち。
それらが私と彼を取り囲んでいる。
本と本棚を仄かに照らすのは、長さのそれぞれ違う蝋燭たち。
それは炎を微かに揺らし、数は計り知れない。
本と、蝋燭と。
幻想とも思える光景。
けれどここには、私と彼しかいない。
「人の生きる様は、私たちから見ればゆりかごのほんの何揺れかに過ぎない。
それでも君は、人を愛しく思っている」
彼は手近の本を一冊手に取ると、何の気もなしにぱらりとページをめくった。
それに呼応するように、数ある蝋燭の一本が儚く揺れる。
「監視者としての貴方には、私の存在は気に入らないのかしら。
人の身からここまで辿り着いた、この私は」
「気に入る、気に入らない、の問題ではないよ。
君も私も、ここでの存在は神の賽で決められたようなものだからね。
自らの意思はどこまで真実だろうか」
私は彼の言葉に軽く息を呑んだ。
この部屋での自分の存在を、あのように疑問に思っていたとはとても知り得なくて。
咄嗟に言葉を返す事ができなくて、私は困ったように笑むしかできなかった。
「……すまない、君を困らせるつもりは毛頭なかったのだが」
「いいえ、少し驚いただけ」
「私がこの様に考えているとは思わなかっただろうね」
私と彼は、互いの顔を見合わせて苦笑を洩らした。
まるで、見つかってはいけない事をした時のような気持ち。
二人だけしかいないとわかっていても。
後ろめたさではなく、罪悪感でもなく。
ほんの少しの悪戯をしたような、そんな気分。
子供に戻ったような、そんな感覚。
彼は、この部屋の――本と蝋燭の監視者。
私は、本の記録者。
人の命と、その生。
私たちはそれを見守る。
それがいつから始まったのか、いつ終わるのか。
私たち自身にもわからない。
だから私たちは言葉を交わす。
ごく当たり前の挨拶のように。
「新しい炎が生まれたよ」
蝋燭の若い火が、軽く音を立てて燃え始める。
「この本は、役目を終えて眠りについたわ……」
綴るべき生の相手を失い、沈黙する本。
ここは、人の命と生を見守る場所。
そして記録していく場所。
幾億もの炎と本が、静かに時を過ごす場所。
アカシックレコードの監視者と記録者のいる場所。
End.
あとがき
2004年最後の、お題バトルです。
大晦日の夜、みんなでこっそり始めました(笑)
テーマは「おわり」、お題は「記録」「まほう」「はじまり」「すごろく」「ゆりかご」「挨拶」から
任意で4つ以上。
一応、全部使用しました。
構想はやっぱり書きながらで、書き上がるまで約35分。
ありえないほど短いです。
泣きながら20分で書き上げた回を除けば、今のところ最短仕上げかな。
大晦日という事で、年の瀬を作品に取り込んだ方が多かった中。
えらくひねくれてますね、私は(苦笑)
記録者、という単語は空也さんと若干かぶったんですが、以前使い損ねた
「アカシックレコード」をやっと使用できました。
良くも悪くも「私らしい」作品に仕上がったようです。
言葉の使い方が綺麗、とのお言葉をいただけたのはやっぱり嬉しくて。
薄闇の中の蝋燭の炎が揺らいでいるのを想像していただけたなら、本望です。
2005年も、もっともっと頑張っていけますように……
同一お題参加者様
Aquaphoenix(ふっちょ)さん
JINROさん
siganeさん
空也さん
無我夢中さん
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