救いの手は、あるのか
穢れてしまった魂に、導きはあるのか

僅かな希望は、まるで蜘蛛の糸のように細く
無邪気さゆえの残酷は、純白をひどく染め上げる










 生命の木と呼ばれる、セフィロトの木。
 十人の天使が十のセフィラーを管理している。
 セフィラーにそれぞれ宿る神の創造たる知識は、それらを象徴する大天使たちが緩やかな時の流れと共に時折人の世界へと触れていく。
 しかし、もっとも人に近い位置にいるとされた大天使がいた。
 第九の室、イソェド(基盤)の象徴たるガブリエル。
 神の玉座の左に位置し、人々に慈愛ともたらし、水と節制を司る穏やかで心優しき天使。
 それゆえに。
 その気質ゆえに人の身の穢れを心から嘆く。





「なにをそのように嘆かれますか」

 彼女への、いつもの問いかけ。
 微笑を憂いへと閉じ込めてしまった彼の人は、ゆるゆると首を振る。

「救いは、どこにあるのでしょうね……」
「そのような……救いは我らが主が――」

 侍従天使の言葉は、ガブリエルの悲しげな微笑みによって止められた。
 その憂いの美貌に隠された感情は窺い知る事ができない。
 けれど、哀しみだけは伝わってくる。

「人の世に、希望はありますか……? 主の救いは、今どこへと向けられているのでしょうか……?」

 ガブリエルは、傍らに咲く白百合へと視線を向けた。
 純潔、穢れを知らぬ清らかさを指し示す、その花。
 花の顔(かんばせ)は空を向く事はなく、ただひっそりと、たおやかに咲く。
 まるで地上だけを見つめるかのように。

「……お言葉が過ぎます」

 それだけの言葉を搾り出すように、侍従天使は目を伏せた。
 幾度となく、繰り返されてきたやり取り。
 けれど、心に重くのしかかる不安は消えない。
 いつしか、仕えるべきこの心優しき天使が嘆きを胸に、神に背いてしまうのではないか――と。

「わかっております……わかってはいるのです。我らが主が、人の子へと与えた物を、与えた知識を」

 どこまでも、静かな声。
 けれどそれは、哀惜をはらんでいた。
 声音にはわからないほど、微かに。

「心配など、無用です。それよりも身支度の手伝いをお願いできますか」
「……どちらへと、行かれるのですか?」
「ラファエルのもとへ……少々、訊ねたい事があるのです」

 癒しを司る、第八の室ホド(栄光)の象徴たる、ラファエル。
 人の世が創られるよりも前からの、ガブリエルの古くからの友人の一人だ。

「ラファエル様のもとへ……?」
「なにをその様に心配するのでしょう……古い友人を訪ねて行くだけですよ」

 怪訝そうな、不安そうな心情が表情に出てしまったのだろう。
 それを見遣ったガブリエルは侍従天使へ僅かばかりに笑んでみせた。

「少し、話したいのです……」

 濃い青に白で象徴たる紋様が染め抜かれたローブをはだけた彼女の表情は、どこか穏やかだった。
 しかし、それは侍従天使がガブリエルを見た最後の姿となった。

 彼女は名を変えた。
 ジブリールと呼び名を変え、人の世界へと姿を消した。
 神へと背いた彼女のその後を知る者は、天界にはいない……




















   End.


あとがき

またまたやってまいりました。
お題バトルです(笑)
テーマは「白」、お題は「羽」「糸」「無邪気」「穢れ」「空間」
構想はやっぱり書きながらで、書き上がるまでに約1時間ほど。
今回は時間たっぷり使って仕上げる事ができました。
そのわりには短くて内容がアレなんですが……(汗)
カバラ思想、天使、象徴。
自分の好きな物をこれでもか! と詰め込んでみました。
大勢いる天使の中でも特に好きなのがガブリエルでして。
音の響き的には、イスラム圏のジブリールの方が好きなんですけどね。
なので、名前を2つとも使ってみたり。
いろいろと今後書いてみたい話の先がけとなった印象が少しあります。
切ない系の話は、やっぱり書いてみたいですし。
続編どうしようかな、と思いつつ。
ガブリエルとラファエルの話も書いてみたいと思ってたりもするのでした(苦笑)

同一お題参加者様
久能コウキさん
伏河竹比呂さん
無我夢中さん
siganeさん(今回の特別ゲスト様)


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