「なぜ、こうなったのかしら」

 風に、長い髪が揺れていた。
 鮮やかな紅色の髪。
 瞳もまた、紅玉のような透明感のある真紅。
 彼女は鎧を身に纏っていた。
 一見するとただの鉄鎧のようだが、月の光を浴びて帯びる輝きはどの金属とも違っていた。

「さあ、な……なぜこうなったんだろうな」

 相対する彼女からの憂いの眼差しを受けて呟いた彼の髪もまた、風がなぶっていく。
 艶のある漆黒の髪。
 すべてを見通したかのような、どこまでも深い闇色の双眸。
 彼女とは対照的に、彼は深い藍色の長衣を纏っているきりであった。

「なぜ……ずっと問い掛けるわ。私は貴方に。貴方から答えを得るために」
「答えなんざ、明確だろう? 俺はお前を裏切った。ただ、それだけだ」

 彼女――ユリア・フィルディアスの瞳が微かに揺らいだ。
 裏切り。
 その言葉は、どこまでも重く胸を差す。

「俺はお前を、神殿を、すべてを裏切った。それだけの事だろう……?」
「ジーク……貴方は……」

 ユリアはただ、彼――ジーク・レイルズの闇色の瞳を見つめるしかなかった。










 大陸各地に所在するクリージャ=ノヴァ神殿。
 聖霊神を祀るこの神殿には、二人の騎士がいた。
 互いに対を成す、聖騎士。
 光と炎に祝福された者と、水と闇に祝福された者。
 それがユリアとジークだった。
 対を成す二人は神殿で出逢い、そして惹かれ合うまでにさほど時間はかからなかった。

「俺は初めて、神に感謝するかもしれない」

 かつてジークはぽつりと言葉を洩らした。

「おかしな話ね。神殿に、神に仕えていながら『初めて』感謝するだなんて」

 ユリアは微かに笑んでいた。

「俺が神殿にいて、そして“アーヴェンザの騎士”の称号を得ていなかったら、お前と会っていなかった。“リヒエータの騎士”であるユリアとは、な」
「ならば私は、神と変わらぬ感謝を貴方に……出逢えた奇跡に」

 ゆっくりと二人は寄り添い、唇を静かに重ねた。





 二人の絆に翳りが見えたのは、魔族の侵攻からだった。
 神殿は人々を守るべく、神官や戦士を各地へと派遣した。
 聖騎士であるユリアとジークもまた、数多くの戦場へと赴く事となる。
 ある時、光と炎に祝福された者が魔族から穢れを受けた。
 穢れは呪いとなり、身体に禍々しい刻印を刻み、その者の命までも脅かした。
 魔族に汚されたのは、他ならぬ“リヒエータの騎士”ユリアであった。
 聖騎士が魔族に汚される。
 それは神殿が深く深く隠した事実であり、外へと知らされる事はなかった。
 しかしユリア自身は騎士の身分を辞し、その身を一時的に隠す事になる。
 その頃だった。
 ジークが魔族と契約を結んだ、という話が彼女の元へ届いたのは。










「なぜ……魔族と契約など……」

 月が二人を照らす。
 ユリアの持つ長剣は淡く光を帯び、輝いていた。
 しかしその切っ先はジークへとは向けられていない。
 ただ力なく腕は下がり、大地の草に撫でられている。

「言っただろう? 裏切りと……復讐さ」
「この世界への、神殿への復讐だというの?」
「答えは、もう出ているんだ」

 ジークは長衣に隠された左手をすっと上げた。
 その手のひらに、魔族の刻印が見えた。
 彼自身の魔力が凝縮し、刻印を介して術が練り上げられる。
 蒼い輝きが、生まれる。
 それは魔力を帯びた水の流れだった。

「神殿からの命で俺を追ってきたというなら……その役目を果たせ、ユリア」

 蒼い水は意志を持ったように動き、鋭さを以ってユリアに襲い掛かった。
 直線的な動きだけではない。
 方位を変え、軌道を変え、鋭利な刃物のように彼女を貫こうとした。

「……っ!」

 ユリアは悲しそうに表情を歪め、長剣を正眼へと構えた。
 淡い朱金の炎がその剣から生まれ、楯の紋様を眼前に描き出す。
“リヒエータの騎士”の身分を辞したとはいえ、光と炎から愛され祝福されている事にはかわりなかった。
 守るべく、戦うべく。
 光と炎はユリアへ力を送り込む。

「戦場(いくさば)の聖乙女の二つ名は伊達ではない、か……」

 朱金の炎が描き出した楯は水の刃物を退け、共に霧散した。
 しかしジークは左手を下ろさない。
 ユリアは長剣を右手のみで下段に構えると、大地を蹴った。
 最初の踏み込みはごく軽い物だった。
 下段から跳ね上げる一閃の後、切っ先は光で以って円の軌道を描く。
 ジークは左手を握り締め、闇から生み出したかのような漆黒の長剣を手にする。
 一合、二合。
 撃ち合い響く音。
 剣戟は火花を生み、魔力が煌めく。
 何合か撃ち合った頃。
 月光に照らされる大地がざわめいた。
 魔の気配が立ち込める。

「ちっ……いらん事を……!」

 ユリアの一撃を刀身で滑らせるように受け流したジークは、満ちる気配に毒づいた。
 魔族の誰かが、この土地に干渉を起こしたのだろう。
 その感覚が己の左手の刻印が教えていた。

「まだ、終われない……ジーク!」

 受け流された切っ先を一瞬止め、ユリアは剣を横に薙いだ。
 長剣に宿る輝きが一層強くなる。
 その時だった。
 魔族の力の干渉を得た屍がユリアの背後に現れたのは。





 突然の事だった。
 ユリアはジークに強い力で抱きすくめられていた。
 薙いでいた剣も、背後に生まれていた新たな気配も。
 それらすべてを忘れさせるかのような力。
 ユリアは咄嗟に声さえ出ず、微かな呼気を口から洩らしただけだった。

「いらん事しやがる……」

 ジークは肩を深く切り裂かれながらも、ユリアをしっかりと抱き締めていた。
 握っていた漆黒の長剣を離し、左手を……刻印を魔の屍へと向ける。
 口結も、練るべき術も、必要ない。
 純然たる魔力の奔流が、そこから放たれた。
 眼もくらむような蒼い輝きが、周囲を包み込んだ。

「バカが……そう簡単に切り札を晒すかってんだ」

 静寂が戻った時。
 そこに屍はなかった。
 ただ大地に、深い穴が穿たれているのみであった。

「ジー、ク……?」

 抱きすくめられたまま、ユリアはやっと言葉を紡いだ。
 魔族と契約したはずのジーク。
 魔の力を帯びて蘇った屍。
 誰か魔族の干渉。
 それなのに――

「なぜ……なぜ庇うの……?」

 ただ見上げるしかできなかった。
 そのユリアの頬を、ジークは静かに右手で撫でた。
 刻印の刻まれていない右手で。

「言っただろう、復讐だと……お前に穢れを与えた魔族への復讐さ」
「どうして……!」

 ジークの指は頬を撫で、そして唇をなぞった。

「知りたけりゃ、追ってこい……」

 ユリアの真紅の双眸から零れそうな涙を消すように、ジークは目蓋を撫でる。
 視界が閉ざされた瞬間。
 唇には柔らかな感触があった。
 しかしそれも一瞬の事。
 ユリアが再び視界を取り戻すと、ジークの姿はすでにどこにもなかった。
 空にかかる月を見上げた彼女の眼差しは、硝子のように儚く悲しげだった……




















   End.


あとがき

戦闘系限定なお題バトルやってきましたーっ。
以前開催された時には参加できなかったので、限定系では初参加。
なかなか楽しゅうございました。
テーマは「剣」、お題は「盾」「カード」「復讐」「屍」
1時間勝負でしたが、なかなか書き上がらず30分ばかりオーバーしました。
ちと珍しいパターンです。
構想は書く前にちょこっとだけ。
10年以上前に手がけたネタが浮かんだので、ダイジェストっぽくお題バトル用にアレンジしました。
指折り年数を数えてみて、自分でも驚きです。
このキャラクターたちとの付き合いが、そんな年数にもなっていたなんて……
お題バトル用に書くにあたり、キャラ名や名称に関するところはすべて変更しました。
もともと長編用の設定その他のせいか、「続編書けー!」と言われてしまいました(苦笑)
まあ、あんな終わらせ方していれば仕方ないのか……
描写、表現の面ではお褒め頂き、恐縮でした。
出てきたお題のわりには、あまりダークな内容になりませんでした。
ダーク方面に話を持っていけないのかなぁ、と思った今回のバトルでした。

できる事なら壁紙の都合上、画面サイズ最大でご覧いただければ幸いです。

同一お題参加者様
Aquaphoenix(ふっちょ)さん
MIBさん
siganeさん


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