『死者の書』
『生命の書』
対を成すその二つの書物は、互いを憎み合っている。
『死者の書』は冥界へと送られた魂を現世へ喚び戻すといわれ、『生命の書』は死してなお現世に迷い続ける魂に導きを与えるという。
二つの書物。
片割れを手にし、道を踏み外した者も多い。
しかし不思議な事に、揃えで手にした者は過去を紐解いてもいない。
憎しみ合っているというそれらを手にした者はどうなるのか。
――それは誰も知らない。
我が右手には光輝を
我が左手には道標を
我は『生命の書』
迷い惑えし魂の記(しるし)となるもの
我を携えし者に知識と学びを与えるもの
我を求めし者よ
己が記(あかし)を示せ
我が右手には幽玄を
我が左手には墓標を
我は『死者の書』
嘆き哀しみし魂の記(しるし)となるもの
我を携えし者に空虚と偽りの時を与えるもの
我を求めし者よ
己が記(あかし)を示せ
どこからか、記憶がない。
自分が誰で、どこに住み、なにをしていたのか。
気がつくと空を見上げていた。
それが寝転んだ状態だという事に気付くのに、えらく時間がかかったような気がする。
自分の記憶の中に、ぽっかりと余白が空いてしまったような感じだ。
名前さえわからない。
空にかざした右手に、太陽に反射して輝く物が絡まっていた。
それは細い鎖に通された二つの小さな鍵。
なぜ、こんな物が。
一体なんの鍵だというのか。
沸いた疑問への答えは当然のように見つからない。
ずっと空を見上げた体勢のままそれを眺めていた時。
左手に異物感を覚えた。
ゆるゆると顔を向けてみる。
手の下には、金属の重厚な装丁が施された本が二冊あった。
一体なんの本なのか。
――わからない。
疑問ばかりが生まれ、それらの出口は見つからない。
まるで迷路に迷い込んだ、羽を持たないちっぽけな虫のようだ。
随分とゆっくり身体を起こし、重ねられた本をずらして二冊のタイトルを見ようとした。
何語で書かれた文字なのか、わからない。
そもそも自分が母国語としていた言語がなんだったのか。
それさえもわからない。
それなのに。
「生命…の書? こっちが、死者の……書、か?」
ぼんやりと脳裏をかすめていく単語。
途端にずきん、と痛む額。
我を求めし者よ
己が記(あかし)を示せ
どこからか、そんな声が聞こえた気がした……
End.
あとがき
ちょっと久し振りのお題バトルです。
やっぱりバトルは夜半に盛り上がるようですね(笑)
テーマは「本」、お題は「虫」「余白」「知識」「記」
ある意味、王道的なテーマとお題でした。
当初の制限時間は1時間……1時間でしたが。
諸事情により、私の執筆時間は20分ほどでした(涙)
もともとの内容で書き上げるには時間が大幅に足らなくなってしまう事態が発生してしまい。
(いや、めっさ私的な事情なんですけどね)
ラスト20分で初期構成だけ残して、あれを仕上げました。
いくら事情が事情とはいえ、掲載をすごーく迷いました。
なんせ、過去作品の中で最も少ない文字数です。
モノローグ的にお茶を濁した部分が、多々あります。
掲載を迷ったので、一週間ばかし放置してました。
でもやっぱり自分で決めたルールを覆せず……
正式版というか完全版をきっちり書きたいと、切に願いました(涙)
同一お題参加者様
JINROさん
無我夢中さん
siganeさん(今回の特別ゲスト様)
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