私とあいつは、もともと同門の武芸の門弟だった。
 どっちが早く入門したかなんて、ごく僅かな差でしかない。
 そして、幼馴染みだった。
 年下のあいつと、年上のあたし。
 姉弟も同然に育ったけれど、いつぐらいからだろう。
 二人の道が分かれ始めたのは。




「せいっ!」
 森の中にある修練場に、呼気を含んだ声が響いた。
 続くのは鈍い地響き。
「……こんなものかな」
 あたしは手を軽く振ってから身体をほぐした。
 長い時を経た巨木を相手にした、打ち込みはすでに日課となっている。
 なんとなく、この修練場から離れがたい気持ちがあるのも確かだった。
 あいつとの思い出のせいかな……



「ねーさん、琳(リン)ねーさん! こっちだって」
「ちょっ、待ちなさいよ。あんた早過ぎだってば。聞いてるの、蒼永(ソウエイ)!」
 森の中の修練場は、二人とも気に入っていた場所だった。
 特に気に入っていたのは、森の神を奉っている祠の近くにある大きな樹。
 その樹に背比べの印を刻む月日が好きだった。

 みっつ年下の蒼永があたしの背を追い越した頃。
 あたしには師匠から縁談の話を薦められた。
「……琳、結婚するの?」
「わかんない……でも師匠からじゃ断れないかもしれない。いくら同門で見知ってる相手とはいえ……生涯の伴侶は……」
 口をつぐんだあたしに、あいつは言った。
「兄弟子の空清(クウセイ)、だよね……俺、やだよ」
「…………え?」
「俺、やだからね。あんな奴に琳を渡したくなんかない」
「蒼永……?」
 あたしの肩をつかんだ蒼永の力は、間違いなく男のものだった。
 弟のようにしか見てなかった相手が、『男性』になった瞬間だった。
「ずっと、琳を好きだったんだ」
 次の瞬間、唇を塞がれた。
 森の香りと、あたしの持つ玉香だけが静寂を支配して……
 どれほどの時間、そのままだったのか覚えていない。
 短くも、長くも感じた時間。
「あいつに渡すくらいなら、俺は……」
 呟くように洩らした、言葉。
 お守りのように手首に巻いていた蒼い布をあたしに渡すと、蒼永は駆け出していった。
 それが、あいつを見た最後だった。



 それから数週間後。
 蒼栄は師匠の名のもとに破門となっていた。
 理由は、兄弟子である空清の殺害とその後の逃亡。
 それは鮮やかな手練で一瞬のうちに行われたようだった、と聞いた。
 あたしの縁談も流れ、年月ばかりが悪戯に流れていった。




 師匠は病に倒れ、継承者としてあたしが女だてらに選ばれた。
 結婚もせず、ただ武道にのみ生きてきたあたしが。
 選ばれた当初はやっかみばかりだったけれど、実力差は感情だけでは埋められない。
 時間と共に、門弟や元兄弟子たちともうまくやっていけた。
 ただ、結婚だけはどうしてもする気になれなかった。
 嫁ぎ遅れと蔑まれても……姿を消した幼馴染みの面影は、胸から消えなかった。

「琳様、隣の州より書簡が届いております」
「ありがとう」
 届いたという書簡を、あたしは自室で広げた。
 それは、隣州で新たに旗上げされた武門の代表者からだった。
 門を代表する者同士での、一対一の仕合。
 最後の落款は、ただ『蒼』とだけあった。
「蒼、ね……」
 あたしは迷う事なく返礼と承諾の書簡を届けさせた。




「ご承諾いただき、感謝いたします」
「御託はいいわ。それよりも、あなたがあちらの代表者なの?」
「はい……蒼(ソウ)と申します」
 蒼と名乗った男は、右目を覆うように布を巻き、左腕には添え木を当てていた。
 五体満足とは言いがたい……そんな男を出してくるなんて。
「あたしは琳。そんな身体で出て来て、満足に仕合う事ができませんなんて言い訳は聞けないわよ」
「門の上に立つ者として、出ねばなるまいでしょう……いかな状況であろうとも」
「ふぅん……嫌いじゃないわ。そんな考え方は」
「恐縮です」
 さあ、っと風が吹いた。
 それが合図だった。



 己の腕と脚で、打ち合う。
 互いの身を凶器と変えて、振り下ろす。
「せいや!」
 軸足を軽く回転させ、上段から右足を頚椎めがけて横に薙ぐ。
「……っ!」
 軽い呼気と共に蒼は左腕と右手であたしの蹴りを防御し、身をかわしていく。
 その動きは、かなり老練されたものだ。
 見た印象ではあたしと同じくらいか下の年頃だろう。
 けれど歳にそぐわぬほど練熟している。
 さすがに門の上に立ち、率いていく立場にあるだけはある。
「はっ!」
 あたしが感嘆の息を洩らした隙を逃さず、蒼が迫る。
 下段の脚払いから中段掌打へ繋げ、さらに肘を跳ね上げる。
 ――どこかで見た動き。
 歩法で半身ずらし、捌いたところへ鳩尾を狙う一撃。
 ――間違いない!
「蒼永!」
 名を呼ぶ。
 間違ってなんかない。
 動きは、全部覚えている。
 数歩後ろへ身体を流すと同時に急所を狙った腕を取る。
 そのまま掴んだ腕を上げ、ひねりを加えて捌き、地に叩きつける。
「……!! いつ、わかった……?」
 叩きつけられた衝撃に呼吸を乱しながら、問い掛けてくる。
「蒼永の技、連技、覚えてる……でもどうして? どうしてこんな、仕合だなんて」
「……琳の顔、見たかった。この身体が朽ちてしまう前に。だから、門をひとつ、手にした……」
 少し咳き込むと、蒼永は言葉を続けた。
「もうさ、動くのもやっとだったんだけど、来て良かった……琳、綺麗になったね」
「蒼永…!」

 二度目に交わした口付けは、血と涙の味がした……




















   End.


あとがき

深夜のお題バトル、再びです。
テーマは「木(樹)」、お題は「老成」「添え木」「手」「見えないけれどそこにある」
構想は書きながらで、仕上げるまでだいたい1時間とちょっと。
前回に続いて、少しばかりオーバーしてしまいました……ええ、5分ほど(汗)
最初は現代物を書こうと思っていたんですが、書き上がってみれば中華風時代物に。
そのせいか、なるべくカタカナ語、単語を入れないように注意しました。
珍しくアクションシーンを入れてみましたが好評なようで何よりです。
前回同様、やっぱり結末が悲恋で……(遠い目)
このままじゃ幸恋書けないんじゃないか、と思うくらいです。
年齢を明確に書いていないのはわざとで、ラスト辺りでだいたい30歳くらいをイメージしています。
それから文章中で出した「玉香」ですが、正確には「玉蘭」でした(涙)
香水兼アクセサリーの事なんですが……資料は手元に置いておかないとダメですね。
訂正したいけど、バトル時そのままの文章を掲載すると決めているので訂正しません。
いつかどこかでリベンジするかも、な時には訂正したいものです、はい。

同一お題参加者様
月葵さん
JINROさん
無我夢中さん


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