めっきり冷え込むようになった。
晴れている昼間はそうでもないが、朝夕の肌寒さはもう秋の深さを感じさせる。
また、この季節が巡ってきた。
世界が鮮やかな色に彩られる季節が。
実りをもたらす季節が。
それは、懐かしい友人を思い起こさせる……
私が住まいとする山からさほど距離を置かない泉水に、彼は居を構えていた。
彼は決まって秋の季節になると私の庵を訪ねてくる。
「やあ、元気でやっているかい?」
最初の口上はいつも決まっていて。
時折は手土産も持ってくるが、どの年もたいていはふらり、と気まぐれにやってくる。
「お変わりないご様子ですね、劉漸(りゅうぜん)公」
「いくら歳をとっても、そうそう変わらないだろう。君こそ相変わらずの様子だね、珪愁(けいしゅう)」
劉漸公は、水と光を司る泉水の守護者だ。
鬼火を操り妖力を持つ私……九尾の狐とは、対照的な立場であるといってもいい。
相反する属性をそれぞれ身に宿すにも関わらず、不思議と私たちは打ち解けた。
春は私が劉漸公の泉水の居へ、秋は劉漸公が私の山の庵に歩を向ける。
永い永い時も続けられた習慣、と言ってもいいほどだった。
「珪愁……君は、この季節をどう思う?」
「この季節、とは。豊潤な実りをもたらす秋の事ですか?」
「ああ。君の住まう山が最も美しく色染まる、この秋だよ」
紅や橙、黄などに色づいた木々の梢を見上げるように、劉漸公は言った。
私は倣うように顔を上げた。
深い水を思わせる色の蒼穹が、葉の端々から覗く。
木洩れ日が、光の布のようだった。
「とても好ましいと思いますよ。優しさを感じさせる春もいいものですが、秋は生命の色を感じます」
「やはり仙狐ともなれば、風雅な言い方をするね」
ほんの少し笑うようなあの方に、私は言葉を返す。
「好ましいと感じる事を好ましいと言って、なにが悪いのですか」
「悪いなどとは一言たりとも言っていないよ。私は、君の感じ方が好ましいがね」
「……からかっておいでです?」
それに対する答えは返ってこなかった。
穏やかな陽射し、暖かな色。
なによりも代えがたい、時の流れ。
私は、この瞬間こそが好ましいと思っていた。
あの時と同じように、私は秋色の梢を、梢から零れ落ちる光を見上げる。
ただ一つ違うのは、私の隣には劉漸公がいないという事。
お歳を重ねられたあの方は、ご自分の居から今は出る事なく臥せっているという。
茜色の空を見て、ふと思い出した。
――もうどれほどお会いしていないのだろう、と。
床に臥せっているとの報せを受けてからは、私の足も自然と遠のきつつあった。
だがしかし。
これぐらいはいいかもしれない。
私は、筆をとる。
劉漸公への文を書くために。
紫紅色の花を咲かせた山萩を添えた文を届けるために。
End.
あとがき
初めてお題バトルに参戦しました。
テーマは「色彩」、お題は「秋の山」「光」「空の色」「筆」
構想は書きながらで、仕上げるまでだいたい40分ほど。
なんて言うか……タイムリミットがあると、めちゃめちゃスリルありますね。
初参戦のせいもあって感想交換がドキドキものだったんですが、想像以上に好評でした。
2人の姿を掛け軸にしたら良さそうとか、色彩が目に浮かぶようとか。
めちゃめちゃ嬉しかったです。
あとなぜか、恋愛要素は一切ないのに色気があると言われました(笑)
本当は現代物書こうと思っていたのに、時代物になったのは内緒です。ええ、内緒ですともっ。
同一お題参加者様
神秋昌史さん
平塚ミドリさん
ゆーきさん
小説トップ サイトトップ