暗い路地裏。
どさりと倒れこむ男。
それを冷ややかな目で見遣る女。
「まったく……つまんないわ」
そう呟いた女の目は、鮮やかな金色をしていた。
「吸血鬼事件?」
携帯電話の向こうから聞こえてきた単語に、探偵である吉野慧(よしの・けい)は僅かばかりに眉根を寄せた。
剣呑な言葉。
そして現実味をあまり感じさせない言葉。
「……他をあたってください」
『待て待て! まあ待て、吉野。少しくらい話を聞けって』
「そのまま、あわよくば巻き込もうだなんて魂胆が見え見えなんですよ」
電話の相手は、吉野にとって古い馴染みの刑事だった。
時折調査に巻き込もうと、こうやって連絡をしてくる。
吉野の『裏』の顔を知っているがゆえに。
『いいから聞けって。聞くだけはタダだ』
「タダより高いものはありません」
『いつにも増してきっついな、お前……まあ聞けって』
「――聞くだけですよ」
いつものパターン。
巻き込まれるのが半ばわかっていながら、吉野は自分から折れた。
『そうこなくっちゃ。……殺人ではなく傷害でな。傷を負い、その前後の記憶が曖昧なんだよ』
「その傷が、首である……と?」
『ああ。だから所轄では吸血鬼事件なんて呼ばれている。どちらかと言うと、お前さんの管轄っぽくないか?』
「欧米系は管轄外です」
『んじゃま、なにかわかったら連絡くれや。場所は――』
「ちょっ……」
吉野が何か言うよりも先に、ぷっつり通話が途切れる。
最後に聞いた街の名前に溜息をもらしつつ、椅子からゆっくりと立ち上がった。
週末の夜ともなれば、その街は人で溢れるほどだった。
輝くネオン、時折響く嬌声、退廃的な雰囲気。
それは、人ならざるものが好む空気でもあった。
黒いコートの裾を風に揺らしながら、吉野は歩く。
擦れ違う人々を気にもかけず、真っ直ぐと前を見据えて。
まるで目的地があらかじめわかっているかのように。
「ねえ、あなた……」
通り過ぎようとした路地から、吉野へ向けられた言葉。
微かに甘い芳香が漂ってくる。
「占いはいかが?」
「間に合っている」
「あら。捜し物が見つかるかもしれなくてよ?」
「捜し物、とはね……」
その言葉で充分だった。
吉野は足を止め、ゆっくりと声の主の女を確かめるように視線を走らせた。
流れるように長い髪は艶のある漆黒。
切れ長の瞳もまた、闇の色。
ただ、ピアスと唇が血のように紅い色をしていた。
「ふふっ……綺麗ね、あなた。すごくそそられるわ」
「そそられたくなど、ないがね」
「あら、素っ気ない。捜し物のヒントはいらないのかしら」
くすくすと密やかな笑い声をあげる女。
並大抵の男ならば、この微笑みに心を奪われてしまうだろう。
しかし、吉野は揺らがなかった。
「ここで騒ぎは起こしたくないのだが……仕方ない」
「あたしだって嫌よ。だから……」
女は手元のカードを鮮やかな手つきで捌く。
それはトランプの起源となったタロットカードだ。
細い指が、78枚あるカードの中から1枚を選び出し、それを吉野へと向ける。
小アルカナ、ワンドのクィーン。
炎の主、母性を表すカード。
「場所を変えようじゃない。あなたもその方が都合いいでしょう?」
女の双眸が、輝くような金色へと変わった。
路地を少し歩けば、そこは閑散とした空気だった。
街灯が灯り、晧々とした月が闇を照らしている。
「――望みは一体、なんだい?」
「あたしは、夢を与えるかわりに少し血をいただいているだけよ」
「現代の吸血鬼、というわけか」
「体内の血を吸い尽くすなんて、愚かではしたない真似なんてしないわ。あなたも……人と違う力を持っているわね?」
「わかるなら話は早い」
ふ、と笑みをこぼす吉野。
その手は高く掲げられた。
「来なさい、八咫(ヤタ)!」
「悠様っ!」
二つの声が、重なった。
闇と同化して女に襲い掛かろうとした、三本足の烏。
その鋭い一撃を退けたのは、真っ白なコートを身にまとった長身の男だった。
「タイミング悪いわ、香月(かづき)。興がそがれてしまったじゃない」
自分と吉野、八咫烏の間に割って入った男に、女はつまらなそうに声をかけた。
「ですが……」
「あたしが簡単に負けると思っているの、香月?」
「そのような事は、思っておりません」
興がそがれたのは、吉野も同じだった。
突然間に入った男がいたかと思えば、女と口論……いや、一方的にやりこめられている。
八咫烏が呆れたように一声鳴いた。
「下僕(サーバント)が失礼したわね。また改めてお会いしましょ」
女は魅惑的に、その金の目で微笑んだ。
「また、はない方がいいけどね……名前は? 吸血鬼の姫君」
「悠(はるか)……悠、よ。覚えていてくれると嬉しいわ」
悠は香月の差し出した純白のケープをはおると、ふわりと身体を浮かせた。
「ふふふ……あなた、本当に綺麗よ。また、ね」
月と闇に同化するように、その姿は掻き消えていく。
鈴が転がるような笑い声を残して。
「またの機会は……いつだろうね」
吉野は、夜空を見上げて呟いた。
End.
あとがき
毎度〜お馴染み〜、お題バトル〜♪(歌うな)
波に乗り遅れてあぶれたので、主催してみました(笑)
結構大所帯になっていろいろ楽しい結果になりました。
テーマは「女王」、お題は「高笑い」「トランプ」「チェス」「望み」「不思議の国のアリス」「下僕」「杖」から任意で4つ以上。
「チェス」と「不思議の国のアリス」以外は使用しました。
構想は書き始めて5分くらいで固まり、仕上がるまでに1時間超過。
10分近くオーバーしたのかな(涙)
チェスは使いたい台詞があったんですが、制限時間に追われてあえなく撃沈。
うー、残念。
そしてなにげに、同じお題バトル参戦作品である「夜闇の翼」の続編となりました。
いや、最初は女王様なキャラで話を作ろうと思ったんですよ。
変化球をいれずにストレートでいこうと。
某所で女王と女帝がいるせいか、こちらで部長さんがいるせいか。
いい具合にキャラ案と構想がまとまりませんでした。
そんなわけで慧と八咫烏に再登場願いまして。
姫っぽくも女王っぽくもある吸血鬼と、長身のサーバント(たぶん美形)も出したわけなんですが。
きっと数日前に読んだ「吸血姫 美夕」が頭の中に残ってたのかもしれないです。
人物設定がしっかりしていると思わぬ言葉をいただいてしまい、びっくりしました。
バトル中はきっちり設定練っている暇がないので、結構行き当たりばったりなんですよね。
それゆえに嬉しいお言葉でした。
もう少し作風を広げたいと思った、今回のバトルなのでした。
同一お題参加者様
神秋昌史さん
空也さん
しゃーこ(SHASHA)ちゃん
林さん
柊木冬さん
三家原優人さん
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