さらさらと手を零れ落ちるのは砂
 乾いた水を求める砂
 想いは砂漠の風に乗り、彼方へ……







 砂漠の国アルジャータス。
 肥大なオアシスを領土の大半とする、水の恵みを得た土地。
 この国には、ひとつの伝説があった。
『流砂の星』
『水月の輝き』
 そう呼ばれるふたつの宝石を手にした者は、王となるのだと。
 はじめは馬鹿げた話だと思っていた。
 昔からのおとぎ話に過ぎないのだと思っていた。




「アルディラ、また考え込んでるのか?」
「……まーた邪魔しにきたの? フェンは」
 少し考えに沈んでいたあたしを呼んだのは、同じ盗賊仲間のフェンという男だ。
 軽薄そうな外見は性格そのもので、何人もの女を泣かせてきている事をあたしは知っている。
 いや、あたしだけじゃないかな。
 彼の女ったらしっぷりは裏の世界では結構有名なものだ。
 あたしの名前はアルディラ。
 やっぱり盗賊を生業としている。
 漆黒の髪と翠の目。
 砂漠の民にしては肌は白い方で、自分でもどこの生まれだかわからない。
「お前がふかーく考えてる様子だったから心配して声かけたんだろーが」
「お生憎様。フェンになんか心配してもらう事なんてないから」
 素っ気なく言うと、あたしは迷わず彼から離れた。
 あのままじゃまとまらない思考が余計に混乱する。
「じゃーね。あんまり女泣かせてばかりいるんじゃないわよ」
「……きっついなー」
 最後の言葉は、あえて無視した。


 自分のねぐらに帰ると、あたしは首から下げていた細い紐を服の下から取り出す。
 紐の先には布が小さく袋になっている。
 その袋の口を解き、その中身を手のひらへ転がせる。
 ランタンの光にかざされたそれは、夕陽に染まった砂漠のような色をした宝石だった。
 この石は不思議で、ランタンの下では赤く輝いて、太陽の下ではオアシスの植物のような緑に輝く。
 あたしが、物心つくかつかないかの頃にはもう持っていて。
 誰かは、あたしの出生の鍵を握るものだから大切にしなさい、と言った。
「不思議な色……」
 揺らめく光に、思わず呟きがもれる。
 そしてこの石は、伝説で『流砂の星』と呼ばれるものだと最近知った。
 そんなものが何故あたしの手元にあるんだろう。
「……出生の鍵なんて、欲しいわけじゃないけどさ」
 質素なベッドに、身を沈めるように転がる。
 石を宙にかざして。
「噂、確かめてこようか……」
 その、噂。
 ――『水月の輝き』は、王宮に住まう第一王子が持つというものだった。




 今夜は、少し涼しい風が吹いている。
 こんな夜は警備の気も緩みやすく、盗賊にとってはありがたい。
 髪をまとめて、布で顔を覆う。
 あたしは迷わずに王宮を目指した。


 無駄に広い王宮内。
 部屋の数が多い上に警備の兵の数も思っている以上に多い。
 内心舌打ちしながら、あたしは慎重に歩を進める。
 迂闊に見つかって打ち首になんてなりたくないから、必然的に警戒を怠らない。
 短剣はそこそこ扱えるけど、やっぱり多人数の男を相手になんてしたくない。
 正直、どれほど切り抜けられるかわかったもんじゃない。
「広すぎ……確か前に地図見た時はこの辺りだと思ったんだけど……」
 ゆっくりと首を巡らせ、僅かに灯る明かりを目安に進む。
 その先で、こつこつこつ、とこちらに向かってくるような足音を耳が捉える。
「……! どこか……」
 早く身を隠さなきゃ、と思った瞬間。
 あたしは後ろから腕を引っ張られ、薄布の向こう側へと身体を持って行かれた。
 咄嗟の事だったから抵抗もできず、声すらあがらなかった。
 そのまま、抱きすくめられるように腕をまわされる。
「静かに……兵に見つかりたくはないだろう?」
 微かに腕に力を込めたのを察したのか、あたしを引きずり込んだ相手は耳元で囁く。
 かかる吐息に思わず肩がびくん、と跳ねる。
 ……すっごい不覚。
 それでもって、すっごい屈辱。
 これじゃ男を知らない女みたいな反応じゃない。
 やがて、聞こえていた足音はその部屋の前をゆっくりと通り過ぎていった。
 ……過ぎてったのに。
「…………ねえ」
「なんだい?」
「いい加減、離してくれない?」
 部屋の主と思わしき男は、足音が去ったのにあたしを解放してくれない。
 後ろから抱き締められたような姿勢のままだ。
「いやだ、と言ったら?」
「……ふざけてるの?」
「いや、いたって本気だよ。俺はね」
 思わず握った拳が震える。
「なに考えて……っ」
 そう言いかけた時、腕が一瞬緩んでくるりと振り返らせられた。
 薄布のかかる窓辺に見える月からの明かりで、相手がよく見える。
 少し胸元のはだけた夜着を身にまとったその男は、漆黒の髪に深い翠色の双眸をしていた。
 顔立ちに、少し覚えがある。
 もしや、と思いあたしは問い掛ける。
「……あなた、もしかして……ウィレス・ソル・アルジャータス?」
「光栄だね。女性に名前を覚えてもらえているとは」
 大当たり……まさか自分の手を引いたのが彼の第一王子だったなんて。
 あたしは自由な方の手で腰の短剣を抜いた。
 刃を喉元に這わせ、密やかな声で再度問う。
「あたしの運もまんざらではないみたいね……第一王子ウィレス様。あなたは『水月の輝き』をお持ち?」
「魔神でなければ砕けぬ、という『水月の輝き』かな?」
「ええ。『流砂の星』と対を成すという宝石よ」
 ウィレスは短剣の刃など気にした風もなく、あたしの身体を変わらず抱き締める。
 表情はずっと穏やかなものだ。
「……引き換え、というなら考えなくもない」
「引き換え……?」
 少し笑ってあたしの目を覗き込む。
 相手のペースにはまっているのはわかっている。
 乱され、自分が保てなくなりそうな感じだ。
「ああ、引き換えだ。君がここに残る、というならね」
「っ……なに考えているのよ!」
「拒むなら、俺は構わない。このまま兵に引き渡すだけだからね」
 ウィレスはすっと目を細めて微笑むけれど、それは邪悪な笑みにも等しく思えた。
 自制していた感情の鎖が切れそうになるのを、懸命にこらえる。
「……妖魔や魔神よりタチの悪い人間って初めて見たわ」
「褒め言葉として受け取っておくよ。それで、どうするんだい?」
「あたしをここの残して、なにさせようっていうのよ。先に言っておくけど、女官の真似事なんてできないわよ」
「ああ、女官の真似事はできなくて構わない」
「じゃあなにさせるって言うのよ」
「俺の花嫁にする」
「…………は!?」
 思わず手の短剣を落としそうになる。
「名を知らぬ花嫁というのは無粋だな……名前は?」
「…………アルディラよ」
「いい名だ」
 ……ひとまず、王宮には残ろうと自分でも思った。
 けれど王子の花嫁なんかにはなりたくないと本気で思った。
「……負けないから」


 密かな誓い。
 王子との永遠の誓いにならない事を願いながら。







 さらさらと手から零れ落ちるは想い
 乾いた心を癒す想い
 彼方からの願いを信じて




















   End.


あとがき

朝方のお題バトル、再びです。
今回は私が言い出しっぺです。
巻き込まれた皆様に感謝です(ただひたすら平伏)
テーマは「宝石」、お題は「硬度」「屈折」「土」「星」「輝き」「永遠の誓い」から任意で4つ以上。
砂を土と捉えて大丈夫なら、お題は全部使用しました。
当初の制限時間は1時間でしたが、その後90分に変更に。
だいたい80分くらいで書き上がったかな……?
構想は毎度お馴染み、書きながらです(笑)
書き出した当初は、悲恋になるかと思っていたんですが。
いざ終わってみればラブコメ風味に。
私からはかなり珍しいです。
悲恋でも、幸恋でもなく、ラブコメ。
さらに言うなら、これまた珍しいアラビアンファンタジー。
珍しい事尽くしの作品となりました。
作中に出てきた宝石に関しては、なぜかしっかり設定があります。
もともと好きで学んでいた専門分野のせいですかね(汗)
あんな結末だったせいか、これまた続きをリクエストされてしまいまして(苦笑)
これは書けて、長編ではなくオムニバス連作かなって感じです。
三角関係を予測されたりと、なかなか楽しい感想をいただきました♪
王子は女ったらしだと、ここで明言しておきますね(笑)
久々に多人数でしたが、楽しかったです。
6人いてジャンルがほぼ重ならなかったのもすごかったです。

同一お題参加者様
神秋昌史さん
久能コウキさん
月葵さん
ゆーきさん
callさん(今回の特別ゲスト様)


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