私は舞います
貴方への想いをのせて
私は舞います
貴方の無事を祈って
私は舞います
貴方との絆を信じて
「吉野山 峰の白雪 ふみわけて 入にし人の跡ぞ恋しき」
不興を買うのはわかっていた。
けれども。
あの人を想う気持ちは、信じる気持ちは止められない。
たとえ、相手があの方の義兄上様だとしても。
私が心を預けたのは、ただお一人……
着物の裾が翻る。
扇を開く音と、微かな鈴の音。
指先は虚空を撫でていく。
触れられない、あの方を想って。
笑顔など、作れない。
ただ悲しくて。
私の舞であの方が救われるならば、と思う。
けれど、あの方の義兄上様はそうは考えていないだろう。
私の舞を見遣る目が、剣呑に彩られていく。
思い出す。
吉野で、あの方と出逢った時の事を……
春の吉野は、とても美しかった。
桜が咲き乱れる様は、とても綺麗で。
ずっと見ていると、時が止まってしまうのではないかと思われるほどだった。
吉野に流れる川に私が身を休めていた時だった。
かさり、と草を踏み分ける音がした。
「どなた……?」
はっと身を固くするも、私は一人でこの場に来てしまったために自分を守るようなものが一つもない事に気付いた。
あるのは、腰に佩いている舞太刀だけ。
「ああ、先客がいらっしゃったか。驚かせてしまって申し訳ない」
姿を見せたのは若武者だった。
鎧を身に着けてはいなかったけれど、纏う雰囲気から刀を振るい、人を率いる立場の方だとわかる。
私は白拍子という身分。
決して身分高くもないけれど、その反面多くの方と接し出会う。
だから、それなりに人を見る目は養われているようだった。
「ここは私しか知らぬと思ったんだが……貴方も知っていらしたか」
川面に映る、満開の山桜。
確かにここは、足を踏み入れる者はほとんどいないだろうし、知る者も少ないだろう。
私も、ここで誰かと出会うとは考えていなかった。
「桜に誘われるままに……私も驚きましたわ」
「見事な桜だ。私はどこの桜よりも、この吉野が美しいと思うよ」
「どこの桜よりも、ですの……?」
私は居住まいを少し正し、彼へと向いた。
眼差しが、とても澄んでいて真っ直ぐだった。
そしてほころんだ微笑みが、とても印象的だった。
「だが……貴方には負けるだろうな。いかにこの吉野の桜といえど」
「え……?」
「桜の花弁も、色褪せてしまいそうだ」
かけられた言葉は聞きなれたものだった。
男性から睦び事めいた言葉をかけられる事も多い。
けれど。
なぜか、この方の言葉は静かに胸に染み込んできた。
「貴方の桜に触れても、いいかな……」
ゆっくりと伸びてくる手。
指先が、頬に触れた。
「私は九郎……九郎義経」
「九郎様……」
頬をすべり、髪に触れていく。
「貴方を知りたい……」
「静、とお呼びください……」
桜の花びらが、ひらりと舞い落ちた。
私はあの方を信じていた。
きっと、強く自分の道を進まれていくと信じていた。
けれどそれを阻んだのは、他ならぬあの方の義兄上様だった。
あの方の悲しげな表情を、私は忘れない。
引き離されてしまった今も。私はあの方を信じている。
絆は、確かにあるのだから。
だからこそ。
私は舞う。
たとえこの身が咎められようとも。
私が舞う空は、あの方へと続いているのだから。
「しづやしづ しづのをだまき くり返し 昔を今に なすよしもがな」
End.
あとがき
やってきました、縛りバトル。
今回はなんと、歴史系限定のお題バトルです。
歴史を感じさせるもの、歴史上の隙間を埋めるもの、歴史のIF……
それらでの縛りです。
もちろん、異世界やファンタジーも有り。
始まった時間が遅かったせいか、久々に朝までコースでした(苦笑)
テーマは「流れ」、お題は「跳躍」「川」「落魄」「指先」
構想を2つ出したものの、お題の1つ「落魄」に阻まれて没に。
90分勝負でなんとか時間内に書き上げる事ができました。
正確な時間覚えてないです……
うち30分くらいは資料探したり、「書けないー!」とウダウダしてたんですが(汗)
えらく難産でした。
歴史上で好きな人物の一人、静御前。
彼女と源義経の出会いは、ずっとずっと謎でした。
昔からかなりの文献を読み漁ったんですが、それに関する記述は皆無と言っていいほどで。
静御前は京の白拍子であった事から、きっと京で出会ったのだと思って。
そんなわけで、この話ができました。
二人の出会いは完全に創作です。
頼朝の御前で、鶴岡八幡社前で舞った時に詠ったという歌。
それが効果的に使えていたとのお言葉をいただけて嬉しかったです。
同一お題参加者様
えすなさん
神秋昌史さん
月葵さん
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