声に出すと、とても切ない想いがある。
 だからこそ人は文字に託すのかもしれない。
 自分の想い。
 相手への思慕。
 心のままに。










「思ひつつぬればや人の見えつらん 夢と知りせばさめざらましを」

 音を立てて黒板に書かれるチョークの文字。
 ひとつの歌を書き終えると、先生はあたし達の方に向き直って説明を始めた。

「古今集に入っている歌の一つで、詠み人は小野小町とされている。これは女性の切ない心情を良く表したもので……」

 教科書を片手に喋りながら、先生は少し下がった眼鏡を指で直している。
 あたしの好きな仕草。
 少し長めの前髪。
 ハーフフレームの眼鏡。
 緩く結ばれたネクタイ。
 耳に心地良く響く低めの声。
 細身の身体は意外と筋肉質。

「この『見ゆ』という古語は、単純に『見る』『目に映る』という意味だけでなく『来る』という意味合いもある。ためしに辞書で『逢ふ』という単語を調べてみろ」

 先生の言葉に、教室内には辞書をめくる音だけがしばらく響く。
 あたしはノートの端っこにただ、『逢いたい』とシャーペンを滑らせた。
 ごくごく小さな文字。
 気付いてもらえるなら……
 そんな小さな、淡い期待を胸に抱き締めながら。

「大方調べ終わったか? 調べたらわかると思うが、『逢ふ』と『見ゆ』には同じような意味を持つ単語同士でもあるんだ。上の句を意訳すると『あの人を思いながら寝たから逢えた』というようになり……」

 説明を続けながら、先生は教室内をゆっくりと歩く。
 ゆっくり、ゆっくり。
 あたしの席の横を通り過ぎた時、先生は右手で眼鏡のフレームに触れた。
 それは二人だけのサイン。
 あたしと先生だけにしかわからない秘め事のサイン。
 今日のは、OKだって合図。
 あたしは端っこに書いた文字を消してから先生の説明をノートに写し始めた。





 これって、世間的には禁じられた恋愛なんだろうか。
 教師と生徒。
 それでも、あたし達は男と女だ。
 想いは止められない。
 耳元で囁く先生の言葉が好き。
 夜明け前に見る先生の寝顔が好き。
 寝苦しい時、そっと汗を拭いてくれる優しさが好き。
 ずっとずっと、この想いが叶い続けてくれればいいのにって願う。

「よひよひにぬぎて我がぬる狩衣……」

 あたしがたったひとつだけ覚えている歌。
 下の句の意味が、とても好きだから。
 だから先生は応えてくれる。
 言葉と、その身体で以って。

「――かけて思はぬ時のまもなし」

 いつもあなたを、想ってる……





「世の中は夢かうつつか うつつとも夢とも知らずありてなければ」 

 たとえ、いつか壊れ行く儚いものだとしても。
 夢と現実の間をたゆたいながら、いつまでもあなたの想いを受け止めさせて……




















   End.


あとがき

最近月一ペースが確約されているお題バトルです。
珍しく仕事が休みの日に開催されていたので、拾われてみました(笑)
テーマは「正夢」、お題は「かなう」「和歌」「未明」「狭間」「寝汗」から任意で4つ以上。
一応全部使用しました。
構想は毎度お馴染み書きながら、、40分かそこらで書き上がりました。
正確な時間は覚えていません。
なんせバトルから10日ばかし放置していたので(ぉぃ
なにを書こうか迷った末に。
前回バトルの「雨に薫る月」に続いて、微っ妙にエロテイストなお話に……
だから本掲載をためらっていたんですよぅ。
お題の一つである「和歌」をいろいろ調べていくうちに、艶っぽい歌が多いのに気付きまして。
平安の頃はお手紙代わりだったのだから恋歌が多いのも頷けまして。
恋歌をモチーフにしていたら、なぜだかあんな展開に……
なんだろうなー……脳内が色恋艶話系期間に突入しているようです。
近いうちにバトルのお誘い時には充分お気をつけくださいませ(苦笑)
和歌の解説文は本当に授業のよう、と言っていただけて嬉しかったです。
ただ、語り手の女の子の会話文がほとんど入らなかった事に関しては賛否両論いただきました。
リライトしたらR指定入りそうで怖いので、このまま放置の方向性で。
もしかしたら掲載降ろすかもしれません。
それぐらい自分からすると微妙なのよーぅっ(涙)

同一お題参加者様
siganeさん
神秋昌史さん
月葵さん
三家原優人さん


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