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 外は、雨だった。

 ぼんやりと外を眺める窓ガラスには、水滴が不定期に当たり、そして伝って落ちていく。

 なにもこんな日に雨じゃなくても……と思ってしまう。

 思わず洩れる溜息。

 窓の雨音と、カフェの店内に流れているクリスマスソング。

 そのどちらもが、あたしにとっては煩わしさをかきたてる。

 すっかり冷めてしまったミルクティーの傍らにある、携帯電話。

 もう二時間も前に着信があったきりの、銀色の機械。

 蒼の紐で作られた吉祥結びのストラップがオレンジ色の明かりに照らされていた。

 あたしはもう一度溜息をつく。

 この溜息と一緒に、胸の重たい思いも吐き出せればいいのに。

 でもそれも、相手が目の前にいればの話。

 あたしの目の前にも隣にも、ぶつけるべき相手はいない。

 乾いた音を立てて開かれる二つ折りの携帯。

 自分の動作なのに、どこか客観的に見ているあたしがいる。

 二時間前の着信はメールだった。



『ごめん。会議で遅れる。悪いけど待ってて!』



 待ち合わせしたのは、二時間と少し前。

 メールが来たのは、二時間前。

 会議が急に決まったとしても。

 そうだとしても。

 このカフェからあいつの会社までは、ゆうに三十分はかかる。

 もっと早く連絡を入れるのが筋ってものだと思う。

 こんな雨の日……

 ――こんな、クリスマス・イブの日。

 あたしは堪えきれず、窓の外へ向けていた顔を伏せた。

 思わず涙が零れそうになって、あいつに向かって思い切り叫んでやりたくなってしまう。

 イブに恋人を待たせて平気な奴がどこにいる、って。

 世間に踊らされているイベントだ、と言う人もいる。

 けど、あたしはこの季節が好きだった。

 大切な人との距離、体温、温もりを感じられるこの季節が。

 二人で見上げるイルミネーションの光が。









 でも、自分でも不思議だ。

 なんであたしはずっとあいつを待っているんだろう。

 前は一時間も待たされれば大抵帰っていた。

 それなのに。

 待つのが嫌いなあたしなのに。



 なんで、あたしは待っているんだろう……



 俯いたまま、陥る思考の海。

 そんなあたしの顔を上げさせたのは、静かな着信音だった。

 個人設定してあるから、誰からのものかすぐにわかる。

 あたしはゆっくりと手を伸ばして携帯を操作した。



『すごく待たせたね。ほんとにごめん! そろそろ着くから、外に出てくれると嬉しい』



 そろそろって、どこからメールを出したんだろう。

 あたしはコートとマフラーを身につけて、バッグと傘を持って席を立った。

 携帯電話はコートのポケットに放り込む。

 もう、見ない。









 カフェの外は、相変わらず冷たい雨だった。

 すっかり暗くなった街は雨にもかかわらず、濡れた光で綺麗だった。

 傘をさして少し歩き始めた頃。

 あたしの傘に飛び込んでくる影がひとつ。

「助かった……傘持ってきてなくてさ」

「天気予報くらい見なかったの?」

 身をかがめて、あたしの傘に入ってきたのはあいつだった。

 走ってきたのか、白い息がはずんでいる。

 あたしは苦笑するとハンカチでその頭を撫でるように拭き始める。

「こんなに濡れちゃって……ほんと、ドジなんだから……」

 けれど。

 その手はすぐに冷たい手に止められた。

 手袋も嵌めていない、冷たいあいつの手。

「思い切り待たせて、遅刻して、ごめん……会議っていうのは嘘なんだ」

「嘘……?」

 胸が重くなる。

 うまく笑顔が作れない。

 手が、ゆっくりとあいつの頭から滑り落ちていく。

「銀行行って、店に行っててさ……うまく決められなくて、こんな時間になった」

 あたしの手を、あいつは包み込むように受け止めた。

「今年めいっぱい考えて、そして決めた。絶対今日にしようって。天気は生憎になったけどさ」

「な、に……? なに言って……」

 あいつはとびきりの笑顔で言った。



「メリークリスマス……結婚しよう」



 あたしの指に、雪の結晶と小さなダイヤモンドをあしらった指輪があった。

 どんなイルミネーションより、輝いて見えた。









 そうか……

 あたしは自分で思っているよりもずっと、あいつの事が好きなんだ。

 不安になってしまうほどに。

 長い付き合いが、思いを不鮮明にしていた。

 でも、きちんと気付いた。

 あたしはあいつが好きなんだと。

 ――愛していると。









「……お、雪だ」

「ほんと……クリスマスに雪なんて、珍しい……」

「空にも祝福されてんのかな、俺たち」

 一緒に見上げる空。

 雨は、いつの間にか雪へと変わっていた。

 冷たい空気は変わらない。

 けれど、どこか優しい雪だった。

「……これからも、どうぞよろしくね」

 あたしの言葉にあいつは軽く振り返った。

 見つめる顔が、自然とほころぶのがわかる。

 そっと触れた唇は――とても温かかった。



「メリークリスマス」




















   End.


あとがき

……ええと。
ごめんなさい(平伏)
クリスマスの企画やらないって決めてたのに、こんな土壇場で短編書いちゃいました。
最初はどんな話になるか皆目見当もつかない状態で書き始めてしまいまして。
なんだか悲恋の想定が見えてきたかなー、と思ったら。
最後は幸恋?
ホワイトクリスマスをちょっと演出してみたかったんです。
雪の聖夜にプロポーズ。
我ながらなんて乙女なんだとか思いつつ。
今回、本文のフォントサイズとHTML表現を変えてみました。
ご意見などいただければ幸いです(ぺこり


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