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第一章 時の狭間
―Interstice of time―











「あの『血』は滅ぼさねばならぬようだな……それも完全に」

 空間に浮かぶ二つの影のうち、一つが低い声で語った。
 その声の質からして、どうやら男のようだった。
 するともう一つの影が微かに揺らぎ、そして言葉を紡いだ。

「ふぅん……よほどあの家系に連なる血筋が気になるようね、貴方は。私たちにとっては大した事ではないはずよ。違っていて?」

 女と思われる声。
 その声は甘美でいて残酷さを秘めている。

「私たちと同じ妖魔の血を、ほんの幾ばくか伝えているだけに過ぎないわ。現に、あの男もただの半端な存在……『半妖魔純血種』でしかなかったでしょう? 私たち『上級妖魔』に勝てる可能性など、万に一つでもないわ」

 女の口調はどこまでも自信に満ち溢れていた。
 多くの者をその手にかけて来た事も、また事実。
 しかし男はその自信を否定するかのように軽く息を洩らし、口を開いた。

「お前はあの血筋に対しては過小評価をしすぎているようだな。だが『あれ』は違う。何代にもわたって我々と同じ妖魔の血を継ぎつつも、我々に仇なす『術者』として敵対する者……憎むべき者たち」

 男はそこで一度言葉を切り、空間を仰ぎ見た。
 何もない、虚無と静寂が支配する妖魔の空間。

「ゆえに……危険なのだ、あの血は。そしてあの男は、上級妖魔の血を自らの家系へと新たに連ねた」

 男の言葉を聞き、喉を鳴らすように女は笑った。

「まあ、生意気ね。妖魔の女を妻へと娶ってしまうなんて。憎らしいくらいだわ」
「そういえばお前は、自らの爪であの男を引き裂きたいと言っていたな」
「ええ、そうよ……強い眼差しの、あの男。私の爪で引き裂いてやりたいの。そう、肉体も、そして魂さえも……」

 そう言った女は、己の爪を恍惚の表情で見遣った。
 緋色に染まる長い爪に、舌を這わせる。
 それは人の命など欠片ほどの価値もないとでも言いたげな、ある種傲慢な、妖魔として在るべき思考と態度であった。

「その瞬間、どんな表情を見せてくれるのかしら」

 女の言葉に、男は満足そうに残忍な笑みをその顔に浮かべた。
 女もまた、それに応えるかのように妖艶でいて冷酷さをたたえた微笑を見せる。

「残念だが、それは後のお楽しみだ。今は他にやらねばならぬ事がある」
「ふふ……あの可愛いお子様たちの事かしら?」
「ああ。あの子供らにも妖魔の血は流れている――確実にな。しかし、どれほどの血と妖魔の『力』を受け継いでいるか……今はまだ不明だ」

 男と女の見つめる先。
 空間の外には、二人の少女がいた。
 よく似た顔立ちの、双子の少女。
 妖魔の血を受け継ぐ者たち。
 少女たちの血と力は、まだ目覚めを知らない。
 しかし、時が過ぎ行くのは早い。
 妖魔の力で形成された空間――結界――の外では、人の世界の時がめまぐるしく巡り行く。












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