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第三章 手負いの獣
―Stricken beast―











「ねえ、傷の具合はどうかしら?」
「……ああ。完全とは言えないが、だいぶ癒えてきてはいる」

 男は腕を伸ばし、ぐっと拳を握り締めた。
 しかしその腕は多くの傷が刻まれ、痛みのためか微かに眉をしかめた。

「この結界内では人間どもの世界の時間は干渉してこない。いや、干渉できぬ。時は無きにしも非ず……だからな。我々妖魔にとっては」

 人の世から隔離された昏い空間の中で、男と女の姿をした妖魔の声だけが響いていた。
 男の声は僅かながらに苦痛に歪んでいた。
 思っていたよりも深い傷に男は苛立たしい様子だったが、それもほんの少しの時間だけ。
 痛みを感じないように思考をも切り替えたのか、今では涼やかな表情だ。
 この妖魔たちで形成された結界は、時の流れを受け付けない。
 いや、この二人に限らずとも『上級』『中級』『下級』とランク付けされるそれぞれの妖魔には結界を形成する能力を持っている。
 ただし、もともと持つ力の強さによって結界の能力も違ってくる。
 女は男の傷口に手をかざし、何事かを小さく呟いた。
 手から生まれた仄かな青白い光は一瞬だけ輝き、それが収まった時には傷口へ静かに吸い込まれていった。

「すまないな」

 男は短く女へと言った。
 癒え始めたとはいえ、かなりの深手を負っていた男だったが。
 今はもう、女の癒しの魔術によって回復へと向かっているようだった。
 もともと妖魔は自己治癒力の高いが、さらに魔術を重ねる事によって傷痕すら残らない。
 自らの気を込めた魔術によって癒しを与える『心霊治療師』の術のひとつ、怪我などを癒し治す『表層治癒』を女は使ったのだ。

「まったく。忌々しいわね、あの女は。まさか召喚師だとは思わなかったわ」

 女は悔しげに指を噛む。

「私たちと同じ妖魔の血を秘めていると思ったら……! それだけでも充分忌まわしい事この上ないのに『精霊宝珠』を『地精』『水神』『火霊』『風魔』の四種すべてを持っているときたわ」
「お前はよほど悔しいと見える。あの女に負けた事がな」

 顔には底意地の悪い冷笑を浮かべ、男はさも皮肉めいた言葉を紡いだ。
 その言葉が癪に障ったのか感情を逆なでしたのか、女は半ばヒステリックに叫んだ。

「あの女は確かに妖魔の血を持っているわ。ええ、私たちと同じ血を、ね。でもそれがどうしたというの」

 感情のままに叫ぶと、女は髪を大きくかきあげた。
 風もない空間にゆっくりと長い髪が舞った。

「所詮それだけの事だわ。あの女が敵であるという事には変わりないのよ。私たちが捜し求めている女でなくても……あの女は、敵だわ」

 髪をかきあげた手はそのままに、妖艶とも残忍とも取れる微笑みがそこにあった。
 事もなげに容易く、相手を敵と認めると言い放った。
 敵と認める。
 それは確かな宣戦布告だった。
 たった一人で上級妖魔二体を相手にし、なおかつ自らが不利な状況にもかかわらず自分たちへ深手を負わせた者への。
 召喚師である、紫城楓への――












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